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「政治家はもっと庶民感覚を」みたいな事言ったら叩かれた

おはようございます。「インターネットで政治の話題はご法度」ということは理解しつつも、「まあいいか」と思って朝日新聞のインタビューに答えたらボロカスに叩かれたでござる。これについてアレコレ書きたい。

 

 

www.asahi.com

 

これこれ。

これについて思う所があるので色々と書いていきたい。

僕に対する批判としてあれこれ引っ張ると、

 

・政治家は謝ったら死ぬ病気ではなく、謝ったら殺される職業である
・仕分け会議を誤解してる
・政治を知らない癖に浅い知識で語るな
・「政治家は良い暮らしをするな」って衆愚政治やりたいの?
・野党は反対だけしてるわけじゃないぞ!

 

とか、まあこんな感じかしら。
なのでこれについて書きたい。

前にもどっかで書いた気がするのだけど、「全ての人に理解して貰うことは不可能だ」っていう事に気付いたので、どうせ不可能なら自分の言いたい事は言っておきたい。

 

・仕分け会議の蓮舫さんの発言を誤解してる

 

まずこれについてですが、これがどういう事かと言いますと、
蓮舫さんの「2位じゃダメなんですか」っていう発言は、「蓮舫さんがむしろ助け船を出した(2位じゃダメな理由を答えさせる事で事業継続の説明にしようとしていた)」っていう解釈があるのでそのことを指してるんだと思うのですが、結果的に事業仕分けによって各種研究予算がめちゃくちゃ削られたので蓮舫さんはむしろ助けてあげたかったんだ!」っていうその解釈は微妙じゃないかと思ってます助けてあげたいならそもそも事業仕分けなんてやらなくて良いわけだし。「首を刎ねるのはかわいそうだから流罪にしてあげようかと思った」って、そもそも流罪にもすんなしって話である。

その後予算が復活したりとか迷走もあるしあの一連の「事業仕分けパフォーマンス」が批判の対象になるのは割としょうがないんじゃないですかね。
大学で研究してる人とかめっちゃ怒ってたからね。
蓮舫さんの顔写真を壁に貼ってダーツの矢投げてたからね。

 

・政治家は謝ったら死ぬ病気ではなく、謝ったら殺される職業である

 

これは「なるほど!確かにそうだ!」と思いました。
一度謝罪してしまうと、「責任取れ!」「辞めろ!」って大合唱されるであろうことは想像出来るし、奇しくも同じ日に似たような「謝ったら死ぬ事例」を見てしまった。

 

business.nikkeibp.co.jp

 

このDeNA南場さんのインタビューがそうなんだけど、
いわゆるWELQ騒動の時にDeNAが12サイト全部閉じた上で記者会見を開き、会長である南場さんが謝罪した事は知っている人も多いと思う。テレビ新聞雑誌なんかでも大々的に報道されてたし。

僕は、あのタイミングで全部閉鎖して記者会見までひらいた事については「すごいことを決断したな……!立派だ……!」って思った。結果的にそのDeNAがボッコボコにされた事でいわゆる「キュレーションサイトが儲かるぞ!」みたいな風潮が一気になくなったのは間違いなく事実であるので、「DeNAは色んな所を道連れに自爆してくれた」くらいの感覚である。ダイナマイトお腹に巻いてこっちに突撃してきたやつが居るから「うわー!来るなー!」って自動小銃で攻撃加えまくってたら自陣をスルーして敵陣で大爆発したような感覚である。

その一方で、DeNA以外に同じような事をやってた連中は逃げ回っていて謝罪もしなければ被害者にお金を払おうという姿勢すらも見せない。サイバーエージェントだってパクリ記事を量産してたし、「ガンは放置してたら治る!」みたいな記事が掲載されていたこともあった。

でもそういう連中は叩かれない。そしてDeNAはいつまでも叩かれる。一度謝ると、「謝った」という事実をテコにして「ぶん殴っていいやつだ!」って攻撃のスイッチが入ってしまうのかなぁと思う。「行けー!あいつは謝ったぞ~~!」「ぶっ殺せ~~~!」みたいな。

考えてみれば政治家だけじゃなく、日本全体にこういう「謝罪に対してもっと叩く」みたいな部分があると思うのだけど、こういう風潮って良くないと思うんだよなぁ。だって、それだと結局、責任をあいまいにして謝罪もせず逃げ回ってた方が得、って事にならない?

解決金が異常に安い、みたいな問題があるにしろ、払う姿勢すら見せずに逃げ回ってる連中がのうのうと過ごしてる方がよっぽど問題では……?少なくともああやって謝罪した事については一定の評価を下したって良いと思う。

ネット上でも一度やらかした人は全然関係ない文脈でもずーっとその事で揶揄されたりするので、ああいうのって良くないと思うなぁ。

 

・「政治家は良い暮らしをするな」って衆愚政治やりたいの?

 

朝日新聞で僕が言った事の論点を書いておきますと、

 

・「黒塗りの高級車」「グリーン車」「赤じゅうたん」なんかは不必要なものだし政治家が「えらくなったぞ!」って勘違いするからやめた方がいい
・庶民と政治家の感覚のずれが政治離れを産む
・だからネットも駆使してもっと庶民の声を拾うべき
・とはいえ政治家の給料減らせとは思ってない

 

みたいなところであります。
これがけっこう叩かれてて僕としては「え、そうなの?」って感じなので本当に疑問に思ってるんですが、黒塗りの高級車もグリーン車も赤じゅうたんも、あれって必要あります……?マジであれ、全く意味なくない……?

 

Twitterでも似たような事言ったらあれこれご意見を頂いたんですけど、例えばグリーン車や黒塗りの高級車は「セキュリティ・安全面で必要」と聞いたのだけど、それならなんで他の部分でみんなザルなんですかって思うわけでして。


グリーン車で寝ててパパラッチされた人も居るし、大臣クラス以上じゃないと基本的にSP連れて行動したりしない。国会議員だって、プライベートなタイミングで一人で好きな事をやる時間があるし自分で運転だってする。つまり、結局のところ普通の国会議員のセキュリティなんてそもそもがザルなんだと思います。これって矛盾してないかなと思うんですよ。


セキュリティ・安全上の問題であるなら、24時間やらないと意味が無いじゃないですか。元都知事が公用車でどっかいって叩かれて経費返したりしてましたけど、じゃあ公務外、プライベートの時間なら事故っても良いのかってそんな事はないでしょう。

 

本当にセキュリティ、安全性の問題なら24時間やるべきだし、でも現状そうなっておらず、かつ大きな問題も起きてないのであれば結局の所「黒塗りの高級車は必要ない」って結論の方が筋が通ってる気がします。車はマーチで良いし新幹線も普通席で良いじゃん。マジで聞きたいんだけど、なんでダメなの……?あの、黒塗りの高級車って、間近で見ると威圧感あって本当に怖いんだよ……? 絶対良くないと思うなぁ。

 

・赤じゅうたんが無いと外交上舐められるから

 

そんなわけない。

 

・政治家が良いご飯を食べたらダメなのか?

 

ダメとは言わないけど、当たり前みたいな顔して特別待遇でレストランの個室に案内されてちゃダメだと思う。政治家やってる間はそれも仕事だと思ってなるべく普通の人と同じような暮らしをしていて欲しい。給料はばんばん貯金したりしてさあ

 


過去に僕は何度か政治家と呼ばれる人達に取材しに行った事があって、皆さんそれぞれ素敵な人で話も面白いし、「政治家とはこういう人達なのか……!これは勝てない……!」と思った事も事実だ。「人間的魅力とはこういうことか」と思う事も多かった。みんな賢いのである。何を聞いてもポンポン的確な答えが返ってくるし、つい納得させられる変なオーラをまとっていたりする。ユーモアだってある。「こういう人が上司なら良いなぁ~~~」って思わせられた事は間違いない。

 

僕はそういう政治家さん達の事が好きである。みんな尊敬すべき、えらい人達だと思っている。そんなえらい人達が一生懸命やっている仕事が大変な仕事である事は理解できる。だからインタビューにも答えた通り、「報酬を減らせ」とはこれっぽっちも思ってない。むしろ政治家とか官僚の人達についてはもっと給料アップしてあげて欲しいなと思ってるくらいだ。

 

だけど、やっぱり黒塗りの高級車は頂けない。必要だとも思わない。そんな賢い人達に、黒塗りの高級車の後部座席から、玄関のドアを開けさせながら颯爽と登場して欲しくないな、と思うのです。本当は「こういうの、必要なくない?」って言って欲しい。

別にそれによって維持費がどう、とか税金の無駄使いがどう、とかそういう部分を問題視しているのではなく、その「権威」「特別待遇されてる感」みたいなものこそよくないな、と思うからだ。別に玄関のドアなんて自分で開けたっていいじゃん。

権威を欲しがるのは無能な証拠でもあるし、「権威は腐敗する」っていうのは世の常なわけで、それならその根幹にある「権威」をそもそもなくした方が良いんじゃないの?ってのが僕の言いたいところであります。いや本当に。権威、権力って腐敗するんだからさあ。

そりゃあ誰だって、高級車に乗せられて送り迎えされて、行く先々でドアを他の人に開けて貰って、赤じゅうたん踏んで迎え入れられて、「先生!先生!」なんて言われてれば「おれは偉くなったんだ!」って勘違いするし、その特権を捨てるのが惜しくなりますよ。政治家みたいに、落選したらもうただの人、みたいな商売であればなおさら。

 

今回の民進党の分裂劇だって、国民からすればあれだけ見苦しい事になっているのも、結局のところ「国会議員っていうポジションを捨てたくなくてしがみつく人たちが大量に居るから」だと思っています。

仮にこういう特権がなく、元々が「国会議員もただの人」であるなら、そこまでして見苦しくその身分にしがみつこうと思う人だっていなくなるわけだし、そういう人達にきっちり退場してもらってこそ、はっきりと政策について論じる事がスタート出来るんじゃないかと。

 それに、インタビュー中にも書いた通り「庶民感覚からズレてきてる」っていうこともすごく根幹部分の問題だと思っている。「政治」っていうテーマが、どんどん「普通の人達」の手から離れて行っているような気がするからだ。僕が朝日新聞の取材に答えた事に対し、「勉強してから言え」みたいなコメントがばんばんついた事がその典型である。今の政治って、政治が好きな人、詳しい人だけで集まって議論して殴り合って、それによってなんとなく世論が形成されているようにも見えるけど、はっきりいって「普通の人」からすると置いてけぼりも良い所である。だから投票にだって行かない。何かを言っても、「お前には勉強が足りない」って失笑されるから。何度も言うけど、だから投票に行かない。

 

普通の人達は平日昼間に国会の前でデモなんてできないし、普通の人は政治家に直接陳情したりもしない。言ってしまえば、普通の人はTwitterで政治について語ったりもしない。そういう意味では僕だって決して「普通の人」ではない。


だけど、そういう「普通の人」がどう幸せに、楽しく暮らして行けるかを考えるのも政治の大切な仕事である。だから、普段は声の小さい、でも母体としては大きな「普通の人達の声」を拾い上げるような仕組みが必要なんじゃないかと思うわけです。

 

それがインタビュー中に答えた、「普通の暮らしをする」という事であったり、「SNSでどんどん意見を吸い上げる」という事だったりする。
普段野球やってない人に野球のルールを変えられるわけがないし、市役所に怒鳴り込んで来た人が「これをなんとかしろ!」って言ってるような事より、Twitterで市民が「これなんとかならないかな?」って呟いてる事の方がより多くの人にとって身近な問題だったりすることは容易に想像できるはずだ。普通の暮らしをしてるからこそ気付く問題だってあるはず。

 

そんな諸々の感情もあってああいうインタビュー記事になり、これに対する批判の意見は勉強にもなったし真摯に受け止めたいと思うのだけど、それにしたって政治的なインタビューとはいえ、思った事を率直に言ってるだけでこれだけあーだこーだ言われるとは思わなかった。

 

 

 

  

 はてブについてるコメントなんかを見ても、「詳しくないなら語るな」みたいな人が大量に居たのだけど、それはたぶんおかしい。「なんか語ってるけどそれ間違ってるからな」ならわかる。「正しくはこうだよ」もわかる。でも「そもそも語るな」っていうのはおかしな話で、詳しくても詳しくなくても語って良いのが政治ってもののはずである。記事のテーマだって「インフルエンサーに聞く」であって「専門家に聞く」ではない。それに政治にかかわる事って「これが正解!」っていうものがない。ないからこそ政治的な解決が必要になる。正解がない以上、右だろうが左だろうが、かならずどっかに突っ込み所があるものだし、それを全部綺麗にした上でやっとこさ発信出来るってなったら本当に誰も発言できなくなってしまう。

 

政治って多分にナーバスなもの、思想に関わる事だからか、何かしらの考えがあってもそういう議論を避ける人は恐らく多いし、今回の僕の事例の通り、結局の所は叩かれるし、そういった知らぬ存ぜぬの姿勢を取る事の方が賢いやり方であることは間違いないのだけど、でもそういう風潮って変だし、良くないことだよなぁと思っています。

 

本当はインターネット投票なんかがスタートして、そういう「普通の人」が政治に参加するハードルがグッと下がれば良いんだろうけど、でも当分そうなる予兆もないわけで、それまでは少なくとも「普通の人」によるネット上の議論なんかはもっとたくさんあっても良いのではないか。でも現状でそういうふるまいを行うと、自称「詳しい人達」が大挙してやって来て右も左も大合唱で「勉強が足りない!」って怒鳴るのが実情だ。こんな現状で「国民はもっと政治に関心を持て」って言われたって、政治家は雲の上の存在だし、SNSで政治の話も出来ないし、マスコミもどんどん怪しくなってくるし、そしたら遠く離れた政治の事より、明日の会社の仕事の心配事を優先させるのが当然になる。こんな状況下で、どうやって政治に関心を持てばいいんだ。